息子を抱え彼女が向かう先は寿荘。
自宅はこのアパートなのか…
階段を上り半透明の霊体を素通りし、彼女は2階の真ん中のドアに消えて行った。
親子の姿が消えてからも私はその場に立ち尽くしていた。
彼女は息子が新しい父親に懐き、死んだ実の父を忘れていると言った。
しかし…あの子は覚えている様だ…
と言うより忘れられないだろう。
見えるあの子に取って、死んだ父親は過去の存在ではなく、今もしっかりと父親だ。
ぼんやりと考えていると半透明の彼と目が合ってしまった。
ヤバ…そう思った時はいつも手遅れ。
彼は飛ぶ様に階段を下りて私の目の前に立つ。
重たい足首の鎖を鳴らし、彼は聞いた事のある声で話し掛けて来た。
『君の心の鎖の外し方、教えてあげようか?』と。
以前私に話し掛けて来たのはこの霊体、あの子の死んだ父親だったのか。


