恋を知らない人魚姫。


愛海のことを考えていたはずの頭の中は、図書室の扉を目の前にしてサッと引くように切り替わる。

そっと扉に手を触れて考えるのは、彼のこと。

この扉を開いて中に入れば、彼がいる。

放課後になってから時間は過ぎてしまっているけど、彼は帰っていないって、望みもしない自信だけはあった。

入る?
入らない?

最後に残された、二択の選択。
入らないで帰ってしまう……ってことも、出来ないわけじゃない。

出来ないわけじゃない……けど。


ギッ……。

あたしが力を込めると、鈍い音を立てて開いた少し大きな扉。

冷たい空気と、本の独特な印刷の匂いが迎える。

一歩、二歩と足を踏み入れて扉から手を離したところで、あたしは落とした視線をゆっくりと上げた。


「ずいぶんと遅かったじゃん?」

待ち構えていた、笑いの混じったような声は、予想していたものそのもの。

だけど、

「え……」

あたしは思わず、戸惑いの声を上げた。

理由は彼のいる場所。

彼が座っていたのは、図書委員が座っているはずの貸出カウンター。