恋を知らない人魚姫。


今ならまだ引き返せる。

櫻井くんにやっぱり別れてと伝えて、今言った嘘を真実に変えることが出来る。


なのにあたしの頭の中には、そうしようとする考えなんて欠片もなかった。

愛海がどんなに櫻井くんを好きでも、愛海を彼に渡したくない。
他の誰にも渡したくない。

胸が痛む気持ちよりも、その気持ちの方が、ずっとずっと勝っていた。


「ね……海憂」

さっきとは全く違う優しい声で、愛海が呼ぶ。

あたしが目を向けると、

「ひとつ約束して?」

片手の小指を立てて、あたしの前へと差し出した。

「約束……?」

「うん。もしね、もし……海憂がたっくんのこと好きになっちゃったら、あたしにちゃんと一番に話して」

愛海の言葉に、あたしは思わずキョトンとする。

だって……。

「そんなの、絶対にないよ」

あまりにあり得ない発言に、あたしは苦笑した。

すると愛海は、少し不機嫌そうな顔になって、

「そんなこと言っても分からないでしょ。はい、約束!」

あたしの片手を掴むと、半ば強引に小指と小指を絡ませた。