恋を知らない人魚姫。


そして、

「先週借りた本があって。それを返しに行っただけだけだけど」

何の悪気も感じさせない態度で、さらりと答えた。

自分でもあきれるくらい、嘘がとことん上手くなる。

すると、どこまでも良い子な愛海は、

「……だよね、そういうことだよね! もう何かみんなが変な風に言うから……おかしなこと聞いちゃってごめん!」

今度はパンッと小さな音が立つくらい勢い良く、顔の前で手を合わせた。

離した手の間から覗かせた笑顔は、さっきとは違ってスッキリした様子。


そんな愛海の姿に胸をなで下ろしながら、

「もしかして櫻井くんとのこと心配してたの? ないよ、あたしあの人ちょっと苦手だもん」

少しでも疑いをなくさせようと、更に言葉を重ねる。


自分の行動が自分で怖い。

だけど、愛海に嫌われてしまう方がもっと怖い。


「えー、良い人なのにー」

愛海はそう言って口を尖らせるけど、顔は笑っていて心から安心した感じ。

「あたしには分かんないよ」

小さく苦笑して、「そろそろチャイム鳴るよ」と諭すと、

「あ!あたし課題やってない!」

愛海は焦った声を上げた。


「じゃあ、進路指導頑張ってね」

「うん、ごめんね。ありがとう!」

笑顔を浮かべ、大きく手を振って、隣の教室へと戻っていく愛海。

あたしも手を振って……

愛海の姿が見えなくなると、胸の近くでその手をぎゅっと握り締める。


手が、足が、カタカタと小さく震えてた。