恋を知らない人魚姫。


ムカつくとか、そんな風に思ったんじゃない。

だけどあたしは、上履きを掴んだまま、動けなくなった。

「海憂、大丈夫?」

下駄箱の端から、心配そうに顔を出した愛海。

どうやら裏側にいたふたりの所まで、今の話声は聞こえてしまっていたみたい。

少し遅れて後ろから姿を見せた櫻井くんに、

「何か誤解されちゃって困るね」

と、愛海は苦笑していた。


それから、さっき言われたことを気にしてか、愛海はあたしの隣をぴったりと歩いていた。

櫻井くんはと言うと、あたし達より一歩前を歩いていて。


「じゃあ、また」

すっかり口数が少なくなってしまった愛海が、あたしの教室の前でバイバイと軽く手を振る。

そんな光景を足を止めて見ていた櫻井くんは、「行こっか」と愛海に静かに微笑んだ。

その声に恥ずかしそうに頷く愛海。


……何よ、それ。

あたしは櫻井くんを睨むけど、視線は交わらない。

ふたりはそのまま歩いて行った。