見えない何かから逃れようと彼は頑なに命令を拒み続け、首を横に振る。

だが抵抗すればするほど、何かの力が体にかかってくる。

彼の両手が前方へとまっすぐ伸びた。

指が鏡に触れる。

無理やり掴まされる…。

頭上までゆっくりと持ち上げると、思い切り床に叩きつけ《それ》を割った。


ガシャン!!


鈍い音とともに破片は飛び散り、その音で体の呪縛が解けたように自由になる。

「オレは一体、何を・・・?」

足元の鏡を見て青ざめた。

どう考えても、これがただの物でないことくらいは想像がつく。

いくら自分の意思ではないと言え、事実割ったのは間違いなく自分なのだ。

こんなところを誰かに見られたら、言い訳などできない。



(まずい・・・)



壊した物はどうみても祀ってあった鏡である。

これは弁償する、しないの問題では済まされないだろう。

申し訳ないがここは逃げるに限ると、青年が戸の隙間からわずかにもれる明かりの方へ向き直った時、突然音もなく赤い二つの光が目の前に立ちはだかった。

「う・・・わ」

彼は恐怖に立ち竦む。


《わしはたった今、おまえの手によって鏡から解放された》


低く重たい声が近づいてきながら言った。

薄暗い中、さらに深い闇のような影。

それはほのくらい明かりの中にぼんやりと浮かび上がり、やがて青年の目にはっきりと映った。


「ひっ・・・」


声は恐怖のあまり、咽から引きつるような音がでただけだった。

腰が抜けて座り込む。

目の前には鬼がいた。

赤い炎のような目をした鬼だ。

青年は動けなかった。

鬼の手が伸びてくる。


悲鳴すらあげることができず、彼は闇に落ちていった……。
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