そして、突然開ける視界。

登りきったそこは、小さな境内…そして、古い小さな御堂。

周囲には高く伸びた杉の木々がある。


「こっちだ、こっちだ」


さっきとは違い、急かすような口調のその声はここへ来て大きく、はっきりと聞こえた。

「あの御堂?」

しんと静まり返った人影のない境内を横切って、彼はその古い建物の前に立つ。

何が祀ってあるのかは不明だが、歴史を感じさせる雰囲気を漂わせていた。

「ん?」

正面の観音扉に鍵はかかっておらず、壊れて足元に落ちている。

「中へ入れ」

声に命令されたものの、中に足を踏み入れていいものか一瞬ためらった。


が、思い切って扉を開けた。


ひんやりとした空気と、湿った黴のような臭いがぷんと鼻につく。

中に人影があった。

ギシギシと軋む床を踏みながら、彼は奥へと入っていく。


「……あ、あれ?」


首を傾げた。

人がいると思ったのに、そこにあったのは1枚の鏡らしきものだけ…他には何もない。

そこに自分の映り込んだ姿を見間違えたか――。

否、鏡面は濁っていて、ものを映し出す役目は果たしていなかった。

「黒い…鏡? 気持ち悪いなぁ」

ひとりごちると、彼はこの場にいるのが怖くなって後じさる。

だが、

「さぁ、壊せ」

次に声から命令された時、彼の動きは止まった。

「な、な、なんだ」

手が自分の意思とは勝手に動きだしたのだ。

「わ、やめろ…嫌だ…」

必至で抗った。
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