長い爪は、容赦なく彼の皮膚を裂いた。

「っっ!!」


「紋瀬くんっ」

声もなく目の前で地面に崩折れる寸前、秋文は紋瀬の体を受け止める。

見る間にTシャツの色が赤く染まっていく様に、

「おい、しっかりするんだ」

焦って秋文が呼びかけると、苦しげに顔を歪めた紋瀬が薄らと目を開けた。

「オレのことはいい、から…鬼を…」

こんな状況でもなお、彼は力を求め続けることをやめない。


その時、秋文の耳元で誰かが囁いた。



『鏡面に赤き印を…』



低い、低い声音。

「…誰だ」

鬼でも紋瀬でも、誰のものでもない…見知らぬ者の声。

彼が戸惑っていると、


『赤き印で我に示せ。その力を』


声は更に言った。

(赤き…印?)

何を指しているかが分からない。


『汝を記せ。されば我、従わん』


(鏡面に、赤き印を…記す?)

秋文は紋瀬の手の中にある鏡を見つめた。

そこには自分の顔が映るだけだ。


『汝の命(めい)、我に与えよ』


求める声は強く響く。

「そうか…」

秋文は姿なき者の声が言わんとしていることに気付くと、肩の怪我で流れる自分の血を指で拭う。

声の言う「赤き」とは恐らく「血」だ。

秋文の命ともとれる、それは間違いないだろう。

そして鏡面に印を書けといわれているのも分かる。


(だけど印って、何だ?)


肝心のそれがわからない。

やはり鬼について、何も知らない自分ではダメだ。

その時。

ぽたり。

鏡面に血が一滴落ちた。
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