間近で見る鬼の姿。

それが彼を過去に引き戻そうとしていた。


(こんな時に…我慢しろ、我慢しないと…)


紋瀬は自身に言い聞かせる。

しかし、あの時の恐怖を心が覚えていて彼を離さない。

抗おうとすればするほど呼吸が苦しくなって、紋瀬はきつく目を閉じた。


はぁ…はぁ、はぁ。


荒い息づかい。

彼の脳裏には、幼少の記憶がフラッシュバックしていた。

悲鳴、
飛び散る鮮血、
骨ごと肉を貪る音、
部屋に広がる生々しい鉄臭。

まるであの時に戻ったみたいに、目の前で見た光景が鮮明に蘇る。


(…くそっ、こんな時に…)


紋瀬は必至に歯を食いしばった。

その様子を見ていた秋文は、


(まさか…)


八助が話してくれた、紋瀬の過去を思い出す。

目の前の異形が両親を喰い殺す様を、残酷にも彼は六歳の子供の時に体験したのだ。

トラウマにならない訳がない。


(何で僕は気付かなかったんだ)


あまりにもいつも平然とした態度をとっていたのは、裏を返せば恐怖を感じているから。

だからそういう態度をとるのではないか?


(馬鹿だ…)


怖ければ怖いと言えばいいのに。

―――― 否。


(僕がきちんと鬼の存在と向き合わないから、彼は無理をしなければいけなかったんだ)


でも存在と向き合ったところで、この状況では今さら遅いのだが。

「逃げろ。鬼の狙いは僕だけだ」

秋文は紋瀬を背に庇いながら言った。

「! ふざけるな。あんたがいなくなったら、オレが困るんだよ」

紋瀬は拒む。

「馬鹿ヤロー、そんな顔色で意地張ってどうするんだ。ここは僕が何とかするから、行けよ」

「嫌だ」

「行けってばっ」

「嫌だって言ってるだろ!」

「いい加減に…うわっ」


《いつまでごちゃごちゃ話している…》


鬼が間を詰め寄ってくる。

大きな爪が、風を切って振り下ろされた。
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