《鬼のにおいがする》


赤々とした大きな口から牙を覗かせて、鬼が紋瀬を指さした。

「!!」

彼は一瞬、ギクリと顔を強張らせる。


《どうやら過去に、我ら同種と接触したことがあるようだな》


「うるさい、黙れよ」

ぎりっと唇を噛みしめると、紋瀬は怒りを堪えるように拳を握り締めた。


《我らと接触して生き残るとは》


鬼はゆっくりと首を傾げる。

その仕種が妙に人間じみていた。


《お前を仕留め損なったのは東雲のやつか、それとも夕霧のやつか》


「仲間、がいるのか?」

秋文は存在自体ないものだと思っていた鬼に、名前がある事を知って驚く。


《元々我らは、人の心から生まれしもの…憎しみの数だけ、鬼はある》


そう言うと、ゆっくりとゆっくりと鬼は近づいてきた。

「早くこいつを何とかしてくれ」

ぼそりと紋瀬がつぶやいた。

「もう時間がない…」

ピシ…ピシ、ピシ…。

陣を張り巡らす鏡面が黒く濁り、鈍い音を立て始める。

同時、紋瀬ががくんと地面に膝をついた。


「お、おい!!」


倒れかかる彼の体を咄嗟に秋文は支える。

紋瀬の様子がおかしい。

先ほどまで鬼を相手にしていた気迫が、今は全く見受けられないのだ。


(…体が、震えている?)


弱っているこんな姿を見るのは初めてだった。

「紋瀬くん?」

名前を読んでみる。

だが彼は肩を大きく上下に動かし、苦しげな呼吸を繰り返すばかりで返事はない。
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