相田本人に戻っているのではないかと願って…。

《何をしている。もうここに鏡はないぞ》


その声を聞いて、彼は失望する。

もしかしたらという僅かな期待は、容易く崩れ去った。

メガネを外すと、彼の体を包む黒い邪気が見える。

「なぜだ…なぜ相田に鏡を割らせた…」


《単純な人間ほど扱いやすいものはないからな》


くくくと、鬼が笑う。

「そいつから放れろ」


《無理だ。こいつは鏡を割ってしまったのだからな…封具を割った者に、我らは依りつく》


それは、決まりごとだった。

鬼は他の封具で封印しない限り、鬼は鏡を割った者の体から放れない。

どこかでチラリと耳にした記憶が蘇ってきて、秋文は小さく唇を噛みしめた。


《貴様も大人しく喰われに来たのであろう》


「誰が…」

秋文は静かに答える。

「誰が、お前なんかに…」


《そうか、それはとても残念だ…》


相田はニヤリと笑うと、ぶわっ、真っ赤な炎を全身に纏う。

裂けた口、大きく凄むような目、伸びた爪、額に生えた二本の角。


一瞬の変貌。


一歩、二歩と足を踏み入れた床が、ぱちぱちとはぜながら燃え始めた。

瞬く間に暴れだした炎が古い御堂を包む。

これが鬼――――。

長い間、祖先たちが追っていた鬼。

そして、封じた鬼。

殺気と邪気が痛いほど皮膚に伝わってくる。

秋文はごくりと唾をのむ。

もしも自分に力があれば、こんな鬼など退治できるのに。

こんなに悔しい思いをしなくて済むのに…。

それなのに、鬼を前にすると怖くて体が動かない。
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