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「あれ、秋文メガネ…」

ふらりと花屋の店先に現れた幼なじみが、見慣れぬメガネをかけている姿を見て、朱里は水遣りの手を止めた。

それからまじまじと顔を覗き込むと、


「どうしたの、その顔」


頬を指差して驚く。

鬼の腕が掠めた箇所が、赤く腫れていた。

「ちょっとね…」

秋文は言葉を濁すと、頬の傷口を手の甲で拭う。

その様子を見て、彼女はそれ以上尋ねようとはしなかった。

「珍しいね、家に来るなんて」

「散歩してたら、朱里の姿が見えたから」

「ふーん。じゃあ折角だから、ちょっとあたしも息抜きしようかな」

「店は?」

「奥に母さんがいるし」

にこっと笑うと、朱里はエプロンを外し、

「母さん、ちょっと出かけてくる!!」

一声掛けると返事も待たずに店を出た。

「どうする、コーヒーでも飲みに行く?それとも散歩続行?」

「じゃあ、久し振りにコーヒーでも飲みに行こうか」

「うん。それにしても秋文と並んで歩くのなんて、何年ぶりだろ…」

朱里はわくわくするような表情を浮かべる。

「高校卒業して以来だから、3年ぶりだろ」

「そっか、もうそんなに経つんだね」

「はぁ…そんな会話してると、えらく年を取った感じがする…」

町を出て3年…家を継がないと言い切って大学へ進学したのは、自分に才能がないから。

社会人になればここには滅多に帰って来られなくなる、そう思うと気持ちがいくらか楽になるだろうと思っていた。

符呪や撫物など、邪を祓う力に父・正文は優れている。

しかしいくら神主の血筋とはいえ、子孫全員がそんな力を持って生まれてくるわけではない。

正文もそれが分かっているから、秋文に強制したりはしないのだ。

浜の家に生まれてきた者にとって、それほど辛い事はない。

けれど彼の言葉が正しいとすれば、秋文の努力が足りないだけという事になる。

紋瀬も八助も、秋文のことを後継者という、その言葉が本当とするならば勝手に思い込んで諦めていただけなのか…。

煮え切らない思いが、胸の中でぐるぐると渦巻いた。
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