秋文が現在知っているのは、この神社に祀られているのは鬼を封印した封具の鏡であったこと、その封具が作れるのは坂上家の者だけであり、浜とは切っても切れない関係にあるという事くらいだった。

「……」

秋文は左目を押さえる。

鬼が消えても、違和感はずっと続いていた。

見るものが全て、左右異なるものを映す。

ブレる感じに段々と気分が悪くなってきて、地面に座り込んでしまった。


「見えるんだろ」


紋瀬がつぶやく。

「見えるって…」

「見えてるんだろ『気』が」

「これが…この光みたいなのが…気?」

ゆっくりと手を離して、秋文は紋瀬を見た。

右目で見ていた紋瀬の姿に重なるように、眩しい光が体全体を包み込んでいる。

それはとても静かな、星の瞬きのような輝き。

「鬼に襲われてコンタクトを無くしたら、急に視界がおかしくなっただけなんじゃ…」

「おかしくなったんじゃない。それが正常なんだ」

はぁっと、紋瀬はタメ息をつく。

「本来『気』は目で見るものじゃない、感覚と心で見るんだ。生まれてこのかた恐怖を感じたことのないあんたは、自ら見ようとする本質を忘れていたってとこだろ。しかも、この辺りは一族の気配を隠すような結界が張ってあったから、危険に曝されることもない。鬼を見る必要がない温室の中で育てられたあんたに、見えるわけがないんだよ」

「…」

痛い所を突かれたが、返す言葉もなく秋文は唇を噛んだ。

「でも今は違う。目の前で鬼に襲われる恐怖に、あんたの中の力が目を覚ましたんだ」

もう片方のコンタクトも外してみろと言われ、彼は黙ってそれに従った。

ぼやけた視界の中、いくつもの光が見える。

それは明らかに今まで見えていたものとは違うものだった。
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