夕飯を済ませた後、秋文は八助の部屋に呼ばれた。

開け放たれた窓から涼しい風が吹き込んでくる度、それを受けて軒下に掛けられた鉄器製の風鈴が澄んだ音色を奏でる。

八助は外に広がる暗闇に視線をやると、ゆっくりと口を開いた。


「坂上と浜の祖先は全国を渡り歩き、至るところに現れては人々を困らせる鬼を退治しておりましてな。その中でも一番手ごわかったといわれるのが、お前さんが持ってきたあの割れた鏡…江戸時代末期に封じられた鬼だと言われておるんじゃよ」

「あの…過去には、そんなにたくさんの鬼がいたのですか?」

日常に鬼がいる光景など、秋文には想像もつかない。

「おったよ。そもそも鬼というのは、人間の醜い心が集まって生まれたと言われておる。昔も今もそれは変わらん。ただ人が鬼という存在を恐れなくなったばかりか、信じなくなってしまったから見えなくなってしまったのだろうな」

昔は悪い事を戒めるための引き合いとしてこういう存在が必要だったし、何より信じられていたのだ。

だからそれらは実際に形を成した。

「小さな憎しみや妬み、欲のひとつひとつを見れば小さな感情だが、それらが集まると恐ろしい力になる。それらは鬼に留まらず、夜行などに姿を変え夜の町や村に現れた。だから昔は地形に風水を見立て、災いを防ぐための努力もしておったのだが…しかし、それだけではどうにもならん事がある」

そういって、八助は割れた鏡を見る。
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