山道を歩いていた秋文が村へたどり着いたのは、五時を少し回ったところだった。

二十分といわれていた道のりだったが、その倍以上の時間がかかってしまった。

目の前に広がる小さな村。

谷間に古い家が二十軒ほどかたまって集落をつくっている。

誰かいないかと周囲をみまわしていると、畑仕事を終えた老人が他所からきた彼を訝しげな表情で見ているのに出会った。

思い切って声をかけてみる。

「すみません。坂上八助さんという方の家を捜しているのですが、ご存知ありませんか?」

「八助さんとこに何か用かの?」

「ええ、まぁ」

 わざわざ見ず知らずの人間に事情を説明する必要はないと、適当に言葉を濁す。

「ふーん」

そう言ったっきり老人はじろじろと秋文を上から下まで無遠慮に眺めた。


「あの…」


居心地の悪さにもう一度声を掛けると、

「八助さん家なら、あの一番奥の黒い瓦の家だ」

皺の刻まれた指で示した。

「ありがとうございます」

そう言って歩きだした秋文の背に向かって、老人は言った。

「あんた、この村に厄介事を持ち込んできたんじゃないだろうな」

「えっ?」

「よそ者はいつもそうだからな。特に坂上家に関わる人間は」

意味深な言葉を残して老人は去っていった。


「何だよ、それ」


憮然とした表情でつぶやくと、秋文は黒い瓦の家を目指して歩き出した。
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