ちゃんと分かってるから。
一度振られた事も、和泉くんが私を好きにならないって事も、分かってるから。
だから、出て行くまでの短い間、和泉くんの声で名前を呼んで欲しい。

なんて。本当に私の勝手なわがままなのに。

見つめる先で、和泉くんはぶっきらぼうに、莉子と呼んでくれた。

咄嗟の事で、慌てて聞き返すと和泉くんは片手で自分の顔を覆いながら、もう片方の手で私の顔を覆った。
私に至っては、顔を覆われてるというよりも、手を押し付けられているような形に近かったと思うけど。

とびかかる勢いで聞き返したら、それを上からぐっと押さえつけられた感じだ。

「……もしかして照れてる?」

高校の時、あんな平気で毎日何度も呼んでた名前なのに?
不思議に思いながら、押さえつける和泉くんの指の合間から目を覗かせて聞くと、睨むような視線を返されたけど。

わずかに赤くなっている耳が、街灯やお店の看板の明かりで分かった。
そんな和泉くんを不思議に思ったけど、次の瞬間には笑ってしまっていた。

初めて見る顔が、可愛くて、嬉しくて。
押さえつけるように触れる手が、優しくて温かくて……嬉しくて。

和泉くんがくれる全部が嬉しくて、気持ちが暴走しそうになってしまう。
近づきたくて、伝えたくて、触れたくて。
名前を呼んでもらえたらそれだけでって思っていたのに、私は欲張りだなと自分で呆れてしまった。

あんなに、あの頃みたいに困らせるのはもう嫌だって思ったくせに。
それでも欲しいと思ってしまうなんて、私のわがままで自分勝手な恋愛感情はちっとも成長していないらしいから困る。