ご飯、作ってもらったんだ、紅に。
盗み聞きなんかしたくないのに、二人の声は嫌でも私の耳に入る。
「じゃあ、わたし、明日も頑張っちゃいます!
タクシさん、何か食べたいものありますか?」
「……あー、うーん、何でも。
オレ、好き嫌い、ないし」
ウキウキした紅の声と、相変わらずグダグダで適当な拓。
「分かりました!
じゃあ、明日。
また午後から来ます!」
ガチャン。
自転車を動かす音がして、私はそっと壁の陰から顔を出してみる。
拓の後ろ姿。
お気に入りのつなぎを着ている。
私の大好きな、大きな背中。
その隣に、紅。
白い、暖かそうなコートを着ている。
赤い自転車が、その白に映える。
「あ、タクシさん、ちょっと」
紅が、可愛らしい声で拓を呼ぶ。
あの、鈴が鳴るような声。
「ん?」
「あ、もっと、こっち来てください」
紅が華奢な腕を上げて、ヒョイヒョイッと手招きする。
なんて、可愛らしい仕草。
屈託のない子供のように。
あんな風に男の気を引けたなら、私も少しは違ったかな。
「なに?」
拓が一歩、紅に歩み寄る。
ヒョイヒョイ、とまた手招き。
もう一歩。
拓と紅の距離が、僅か数十センチになった時。
ほんの、一瞬。
多分、瞬き一回分くらいの間。
拓の顔と、紅の顔が重なって……
あっ……
思わず声が出そうになって。
私は両手で口を押さえてしゃがみ込んだ。
それからすぐに、またアパートの影に隠れる。
ドクドクドクドク。
心臓がうるさい。
呼吸が早くなる。
ちょっと待って。
今のって今のって。
私の見間違いじゃなければ……
キス……じゃなかった?

