「聞こえてる? 瑞希」


ああ、うん。
それに、この声。
ちょっと、鼻にかかりすぎてる。
風邪でもひいたのかな。
ああ、また酔っぱらって、廊下で全裸で寝てたとか?
それから、口調も。
いつもと違いすぎる。


「ああ、うん。一応」


けど一番変なのは、目の前にいる拓が、じゃない。
拓が言っていることだ。


「で、返事は?
俺と結婚してくれんの?」


「ぶ」


結婚だって。
ありえない。
こんな言葉が、拓の口からこんなにも簡単に溢れてくるだなんて。


「何がおかしい?」


何が?
何がって聞いちゃう?
私に?
10年も彼氏に結婚を待たされ続けた、三十路の女に?


「いや、だって」


うん、これは夢だな。
夢に違いない。
拓が私に、プロポーズなんかしてくれるわけない。
ちゃんちゃらおかしいわ。


「だって、何?」


拓の顔は真剣だ。
一重だけど大きな目が、私を捕らえている。
じっと、力強く。


「夢でしょ? これ」


「は?」


「夢に決まってる」


そう言いながら、私の目にはあろうことか、涙が滲んできた。

当たり前だ。
だって、滅茶苦茶嬉しい。
とうとう、拓が。
あの、拓が。
私をお嫁さんにしてくれるんだ。