それからずっと。
拓は家に居座っている。


風邪で寝込んでいる間は、二人して母親に看病してもらった。
あんた達二人はほんとバカねーと言いながら、母は心底嬉しそうだった。

まるで本当の息子が帰って来たかのように、毎日毎日、食卓にはご馳走が並ぶ。





「……腹へったー」



週末。
拓の寝ぼけた声で目が覚める。

愛しい愛しい声……なんて、甘いものではないけれど。
聞き慣れた声で目覚める朝は、私をほんの少し幸福にしてくれる。



「あー、おばさんが入れてくれたコーヒー、飲みてえなー」



ごろん、と無遠慮に寝返りをうつ拓。
狭いベッドだから、うっかりしてるとベッドから落ちそうになる。
壁際はいつも拓だ。
何故なら落ちるのが嫌だから。
よって、落ちそうになるのはいつも私。
全くもって図々しいヤツ。




「やっぱ、ソファーは要るな……」



かつて赤いソファーが転がっていた場所を眺めながら、ベッドに肘をついて拓が呟く。



「……あんたが赤なんかに塗るからでしょ」



そう、何たって私達の遠回りが始まったのはあの赤がきっかけだったのだ。
私に馴染んでいたソファーを、紅の色なんかに塗るから。