「僕、昔、予備校時代に、一人で画材屋で買い物してたんすよ」
「ん」
あー、冷えたビールが美味しい。
「僕、上の方の棚で筆を見てて、で、下の方にしゃがんで、女の子が、パレットかなんか、見てたんです」
「ほー」
ウインナーをぱくり。
「で、その女の子、いきなりバッと顔上げて、やっぱり!!って言ったんすよ、僕に」
「へー」
またビールを一口。
「やっぱり、カツオくんだ!こんな寒い日に、ビーサンなんか履いてる人、カツオくんしかいないもん!って」
「はー」
付け合わせのポテトもむしゃむしゃ。
「その子、すっごい嬉しそうに笑ってて。
予備校の後輩なんすけど、その子は現役だったから、僕、あんまり話したことなくて。
けど、その子は、ビーサンで、僕だって、分かってくれて」
「んー」
ビールをもう一口。
「嬉しかったんすよね。
で、その笑顔にやられちゃったんです。
僕、たまたま、面倒だったからビーサンだったんすけど、その時から、なんか、僕はビーサン、ていうか。
いつ、彼女に会っても、いいように、っていうか」
ほうほう。
つまり、つまり、だ。
カツオくんはその子に恋をしているわけで。
いつでも彼女に見付けてもらえるように、と、真冬でもビーサンな訳なのだ。
寒さを堪えて。
うーん、いい話……なのかな。
「だから、僕、瑞季さんがたっさんに言ったこと、よく、分かるんです」
「は?」
思わず、ポテトに伸ばした手が止まる。
私が拓に言ったこと?
はて?
「たっさんが教師やめるかどうかって時、瑞季さん、たっさんに言ったんですよね?
たっさんにしかできない仕事が、必ずあるはずだって」

