「何にもしねぇから、落ち着けって。」


サトルさんは呆れたように言うと、車の窓を少し開けた。


春の夜風がすぅっと車の中に入って来て、道路脇の街路樹の青々しい香りも一緒に車内へと広がってくる。


「落ち着いてます。だから、なんなんです?車だって急に止めて。」


「ほら、話ながらの運転は危ねぇだろが。」


あなたの方がよほど危ないかと……とはもちろん、言えない。


「だから、男いねぇんだったら、俺と付き合わねえ?昼間も言ったろ?俺がお前の初カレになってやる。」


はあ?


何、勝手な事言ってんの?何をどうすれば、そんな展開になるのよっ!


「無理です。お断りします。」


「なんで?」


「なんでって、それは今日、会ったばかりの人にそんな事言われても……。それに大体、あれでしょ?見合い相手と結婚したくないからでしょ?だから私と婚約してるって事にしてーーー。」


「いや、会ったばかりじゃねぇよ。俺はお前の事、前から知ってる。さっき、言ったろ?俺はお前の笑顔が好きなんだって。」


う、そでしょ?そんなわけ……。


ある訳ない。私達に接点なんてない。


「何で私の事、知ってるんですか?あなたと私、どこにも接点ないじゃない。」


そうだよ。そんなの今、適当に言ってるだけでしょ?全く、都合のいい話なんだから。


「接点って、お前さ、あれだけ、毎日うちの店に饅頭買いに来てて、よく接点ないとか言えるよな?ったく、信じらんねぇよ。」


「あっ……。」


確かに、確かにそうだ。ほぼ、月~金で通ってるわ。アハハ……。


「お前がガラスケースの前で今日はどれにしようかって
悩んでる顔が、それは幸せそうで満足そうで……見てると、こっちまでなんか嬉しくなって、堪んなく好きなんだよ。」


えっ、好き?やっぱりそれってーーー


「私の事が好きって事ですか?」









「いや、違うな。」


ガクッ。な、なんで?今、好きって言ったでしょ?確かに聞いたわよ。


「あの、今、私の事が好きってーーー」


「いや、だから、お前の笑顔が好きってだけで、実際、お前の事が好きかどうかって聞かれたらーーー」


聞かれたらーーー?


「わかんねぇんだよなぁ……。」


………………はぁ。