「母親が帰ってこないのはおまえの頑張りが足りないせいだって、怒鳴られて、機嫌が悪い時は殴られた。
一歳にもならないうちに捨てられてるから、母親に対して何の記憶もなかったけど……やっぱりガキだったから母親の存在ってでかかったんだろうな。
甘えられる存在が欲しいって一心で、父親のむちゃくちゃな言い分を真に受けて、本当に必死になって……。
勉強も生活態度も一切手を抜けなかった」

昔、夕日を見つめる恭ちゃんの瞳は、いつも寂しそうだった。
それはきっとこの事が原因なんだって確信して、恭ちゃんの手をきゅっと握りしめる。

あの瞳は、両親に向けられた絶望とか失望を浮かべていたのかもしれない。
それと、もしかしたら……少しの期待も。

痛いくらいに流れ込んでくる恭ちゃんの感情が、胸を締め付け続けていた。

「そんな父親に愛想をつかせたのは、中学に上がった頃だった。
理由は、周囲から聞こえてくる話とか俺を見る目。
俺の知らなかった事を、なんでだか周りは詳しく知ってて、中には俺に言ってくるヤツもいて。
その内容にまず父親に幻滅して、その後知った母親の人格にも幻滅した」

部屋には窓を打ち付ける雨の小さな音と、恭ちゃんの静かな声だけが聞こえていた。
まるでふたりの世界にでもいるような、そんな錯覚さえ感じるほど、ここが閉鎖された空間に思えた。