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 急いで理科準備室まで戻ろうとして、教室の手前で木下に捕まる。


「サトル。ちょっと止まれ」

「センセ、悪いけど先にサユちゃんに謝らせて」

「ダメだ。今は真木が慰めてるから。放っておいてやれ」

「和奏先輩が?」


 あの二人は親友みたいだもんな。でも傷つけた俺が直接謝ったほうが話が早いと思うんだけど。


「……サトル、大人になれよな」


はあと溜息を付きながら木下にそう言われると、子供を強調されているようでイライラする。


「はあ」

「サユは、お前の為に頑張ってたんだろ? なのにそのお前にあんな事言われたんじゃ傷つくだろ。サユが泣くってよっぽどだぞ?」


その声に顔をあげる。

よっぽど?
俺には、彼女の泣き顔ばかり焼き付いているのに?


「俺は、今までサユが泣くところなんか見たことがない。真木もそう言って驚いてたぞ?」


和奏先輩も見たことがないのか?

じゃあ、なんだ。
俺ばかりが彼女を泣かせてしまっているみたいじゃないか。


「泣かすなよ」


俺の背中をポンと叩いて木下は廊下を歩いて行く。

俺はそのまま教室に近寄って、少しだけ扉を開けて中を伺った。
和奏先輩が、サユちゃんの肩を抱くようにして慰めている。
二人共窓の方を向いているから、表情は分からない。


「大丈夫? サユ」

「ん。ごめん、和奏」

「いいけど。サユを泣かすなんてよっぽどだね、サトルくん」


今、謝ったほうがこじれない。
分かっているのに、それ以上踏み出せなかった。

俺はよっぽど酷いことを言ってしまったのか。
俺は……。

拳をギュッと握る。自分が子供なことが悔しい。


――どうしたらサユちゃんを守れるんだ。



苦しくて、俺はその場から走りだした。
手を伸ばせば届く。そんな距離に来てもなお。
どうして彼女はこんなに遠い。