例えばここに君がいて



「お父さんもね、大学生の時靭帯を切って走れなくなったのよ」

「え?」


そういえば、昔は有望選手だって言われていた父さんの走る写真は、あるときから無くなっていた。
怪我が原因だったのか。


「母さんのせいだったのか?」

「まさか。怪我はこの人の自爆よ。ただね、当時の私はこの人に出会って進学先を変えたから」


母さんが遠くを見るような目をする。そのまま、父さんが会話を受け取った。


「文学系だったはずの母さんは俺の為にスポーツ医学の道を目指し始めたんだ。凄い運動オンチなのに、俺のサポートをしてくれるって言ってくれた。猛勉強して、丁度大学に入学したばかりだったんだよ。その時に、俺が走れなくなって。俺は彼女に目的を見失わせてしまったと思ったんだよ」

「馬鹿でしょ?」


母さんがあっけらかんと笑う。
だけど、二人がこんな風に笑えるようになるには、どのくらいの年月が必要だったのだろう。


「この人は勝手にいじけるしさ。ふざけんなって感じよ。私は私よ。自分の進む道くらい自分で見つけられる」

「それで、養護教諭?」

「教職関係の単位は元々取るつもりだったのよ。多少道が変わったところで問題ないでしょ」


言い切る母さんは潔い。
軽く尊敬して見ていると、父さんは苦笑して俺の肩を叩いた。