頬をかすめたのは、彼女の唇。
俺と新見の距離は、いまや少しも離れてない。
ネクタイを引っ張っていた彼女の手は、俺のシャツの袖に場所を替えギュッと強く握りしめている。やわらかな体は無防備に俺に押し付けられていた。


「さっさとフラれて、私のとこに来なよ」


耳元で囁かれた言葉は、なんだかとても男前だ。


「私、中津川くんが好きなんだよ」

「は?」


信じられない気持ちで彼女から体を離すと、顔を真赤にした新見が目に飛び込んできて。

嘘だろ? 不覚にも、可愛いと思ってしまった。


「さっさとフラれろ! 馬鹿」


彼女は、今度は俺を突き飛ばすと、その顔を隠すように俯いて走っていった。

俺は呆然としたまま、その姿を見つめる。
しばらくして、一つの事実に気づき、しゃがみ込みながら呟く。


「……お前だって、言い逃げじゃねーかよ」


俺と一緒じゃん。
なんて変な親近感を感じながら、ますます複雑になってしまった人間関係に頭を抱えた。