「うん、何でもなーい。」


「………?」




手に取ったマグカップは…ふたつ。


それを、棚に入れようとした所で。



「ねえ。」




今度は、君が…


声を上げた。



「何?」



「うん、そろそろ休憩しよっか。」



「え。もう?!」


「いーじゃん、時間はたっぷりあるしね。」



「……。今日中にある程度終わさないと…、明日朝から遠征って言ってなかった?」


「そうだっけ。」


「……呑気だなあ…。」


君は、いつもいつでも…物事に囚われることなく。
自分のペースを…貫く。


いわゆる自由人なトコロは、ひとつも…変わってなどいない。





「風、気持ちいーな。」


カーテンレールにぶら下げた風鈴が…

透き通った音を―…奏でる。





君は、ガラス戸を全開にして。

一段下がったソコに…足を踏み入れる。




置いて行かれたブルーがひと鳴きすると、



「お前も来ていーよ。」って、手招きして。

二人…、いや、一人と一匹は、テラスへと下り立った。






「早瀬ー、コーヒーでいい?」






君の耳に…。


私の声は―…届かない。




コーヒーフィルターにお湯を落としながら…


「いいなあ…、ブルーは。」


つい、そんな言葉が…ついて出た。





高体連を控えた…夏。
引っ越しがあるから、と―…休みを貰った早瀬には、つかの間の…休暇。


ブルーとのんびりする時間なんて、なかなか…なかった。

だから、邪魔しちゃあ…悪い。








「……えっと。…テーブルないからいっか、ここで。」


リビングの真ん中にある段ボール。

その、上部を軽く手押ししてから、その上に…カップを置いた。




「早瀬。コーヒー入ったよー?」


「……………。」




君は、テラスへと肘を置いて。

じっと…外の景色を眺めていた。



「……早瀬?」


私は、開かれた戸の前に立って、もう一度―…

背中に…問い掛ける。





さすがに私の声は届いたのであろう。早瀬は黙ったまま…。左手で、私に手招きした。





「紗羽もこっち。…来て。」



来てもいい、じゃなくて…『来て』って?





板が私の重みで…少し、軋む音は。


早瀬にも…聞こえたんだろう。


君はクスッと笑って。



横に並んだ私の顔を…ちらっと覗き見た。