だから力の加減さえ気をつけて持ち上げていれば、これくらいは力仕事にもならない楽なものだった。
『空飛んでるみたい』
スカートの下にジャージを穿いた陽頼は、うっとりとして言葉をこぼす。
『ありがと。
なんか、わたし重いのに無茶させて悪いね』
『いや、そんなことはねえよ』
酒童は、すまなさそうに礼を言う陽頼に返す。
力士を背負っていくならまだしも、陽頼は細身の少女である。
羅刹に持ち上げられない訳がない。
『嶺子くんは、いつもこんな感じで家に帰るの?』
『天野田が一緒じゃない時は、そう』
『天野田くん以外は、誰とも帰らないの?』
陽頼の問いかけに、酒童の瞳が微かに動揺した。
友達など、ほとんどいない。
この鋭い眼光と、凶悪犯も顔負けの悪人面は、当然ながらクラスメイトたちにも恐れられている。
しかも周囲に馴染まない刈り上げの髪型だ。
酒童は常に、クラスから浮いていた。
羅刹訓練生の頃はまだ、酒童は明るかった。
高い戦闘力という美点もあり、話しかけてくれる者がいた。
しかし、一般市民の通う高校では、酒童の羅刹としての成績も、戦闘技術の高さも、大して自慢にはならない。
一般市民の社会で受け入れられるためには、“力の強さ”だけでは駄目なのだ。
協調性があり、周囲を笑わせることができ、人に気に入られる人間でなくてはならない。
だが酒童の場合、強面から更に“羅刹訓練生としての優秀な実績”の噂も祟って、結果として、
『あいつは怒らせるとヤバイ』
という話が出回り始めた。
そうして酒童は、現在の高校3年生まで、ほとんど1人である。
『……天野田の他に友達なんて、いねえもん』
酒童は言った。
今更、ほとんど独りぼっちなのを悲しむ気持ちはない。
しかし、深く考えてみれば、天野田がいなかったらなんとも寂しい日常生活だ。
訓練生時代だって、天野田を通して人と交流できていたから明るかっただけである。
『みんな、さ。
俺のことが怖いんだ』
『嶺子くんが?』
『陽頼は、俺の噂きいてねえの?』
『訓練生時代に、同期の不良を全員半殺しにした、って話とか?』
まさにその通りである。
いま陽頼が口にしたことは、酒童について流れている噂のひとつだ。
根も葉もない噂だが、酒童は無論、怒って否定することなどしなかったのだった。
『……そう。その話』
酒童はうなづく。
『怖いだろ?』
酒童は自嘲する。
しかしそれから暫時沈黙した陽頼は、なんともない語調で、
『べつにそんな話、いまは信じてないもん』
と、あっけらかんとした。