インストール・ハニー



「……あーびっくりした」


 お母さんは階段を上らないであたしを呼ぶことが多いから、いまみたいなことはきっと無い。健太郎に気をつけないと。いきなりドアを開けられたりしたら……。身震いしながら、あたしは机に向かった。今日はもう楓を出すのはやめよう。

 机の上に飾ってあったあの楓の葉っぱ。宮田くんの体操着から取ったやつ。あれがこっちを向いていた。だから、それを引き出しにしまう。不思議だね、人の心って。絵の具が水に溶けて行くように、楓が心に広がって行くんだ。


 今日、佐山さんに言った「大事な人だよ」っていう言葉。あれは本当の気持ち。あたしの気持ちは、それでいっぱいだ。

 楓の名前が、なんていうかその、宮田くんとの思い出から来てしまっているのがちょっとアレだけど……。それは仕方ないか。いまさら変えられないし。

 今日はもう、このまま楓を戻したままで、夏休みの課題を終わらせよう。早くやらないと来週バーベキューできなくなっちゃう。
 机の上にスマホを置き、夏休みの課題にシャープペンを走らせる。

 来週楽しみだな。楓も浜辺でバーベキューなんて初めてだろうな。水着も買ったし。ああ、楓に誕生日プレゼント……何が良いのかな。

 色々考えてて、課題が進まない。もゲームもしたいし、もうちょっと楓を一緒に居たかったな。やりたいこといっぱい。願いが叶うならば、寝て起きたら課題が終わってた、とか……あるわけ無いよね、やりますよハイハイ。

 その夜、あたしは遅くまで机に向かった。背中から当たる扇風機の風。半分ほど開けた窓は網戸にしていて、そこから聞こえる虫の声。夏の声だよ。

 楓はこの音に耳をすませて、目を閉じる。あたしは、その横顔を見るのが好きだった。