須佐乃袁の叫びに、月読が応えることはなかった。

 首根っこを掴まれたまま、疾風のように駆ける馬に連れ去られたかと思うと、気づけば須佐乃袁は大勢の美神に囲まれていた。

 先に現れた麗しい顔の集団が興味津々に須佐乃袁を見下ろしている。

「これがルドラ様がおっしゃった、我らの新しい玩具か?」

「なんだ、ずいぶんと小さいではないか。またすぐに壊れてしまうのではないのか?」

「壊れたらまた、ルドラ様が新しい玩具をくださるよ」

「たまにはこういうのも面白いかも知れぬよ? どこまで我らに従えるか、早速試してみようか」

 同じ顔の美神たちが、口々に恐ろしい言葉をならべたてる。

 つまり須佐乃袁は、美神たちの慰み者となるためにここに連れてこられたのだ。

 ――冗談じゃない!

 須佐乃袁は咄嗟に逃げ道を探して、視線を泳がせた。

「あれ。逃げるつもりのようだよ。本気で我らから逃げられると思っているのかな。それともはやくめちゃくちゃにされたいの?」

 美神たちは無邪気に笑いながら、須佐乃袁を小突いたり裾を引っ張ってみたり、髪をかき混ぜてはしゃいでいる。

 須佐乃袁は不快さを募らせながら、密かにこの状況から逃れる術を模索していた。

 しかしいくら考えても、今の自分が彼らから逃げおおせる可能性は極めて低い。いや、不可能だとさえ思えた。

 ――マルト神群。噂で聴いたことがある。

 稀に天照の話に出てくることがあった、空界最強の雷神インドラ。

 他の誰より武道に長け、優れた知能と美々しい容貌を兼ね備えた、神界最強の破壊神とまでいわしめ恐れられる存在。

 その従者として戦いに赴くのが彼らマルト神群である。

 美しく儚げな見目を裏切る狡猾で残虐な戦術に、いかなる敵も戦意を喪失するという、恐るべき殺戮の戦士。

 ――なぜ、そんな奴らに己がもてあそばれなければならないんだ!

「まて」

 須佐乃袁は声の主を睨み付けた。

 しかしどこを見ても彼らの顔が一様に並んでいるので、実は今誰が言葉を発したかは、須佐乃袁にはわからなかった。

「仮にも我らがルドラ様の命である以上、この者に与えねばならぬのは遊びではなく試練。ならば――歓迎はほどほどにしておかねばな……」