「陛下のご心痛はいかばかりかと。わたくしも須佐乃袁を抑えることしかかなわず、かくなる上は……」

「大神に奏上いたします」

 その声は、さらなる悲劇を伝えるものだった。

 須佐乃袁の所業から、とうとう命の危険を脅かされた者がでたのだ。

 頭を抱えた天照は、御殿の奥に引きこもってしまった。


 *


「いやだ! どうして己がそんなところへ行くんだっ」

「須佐乃袁……お前はやり過ぎたのだ。これ以上陛下を追い詰めるようなら、わたしが始末をつけねばと思っていた」

「し…まつ…」

 月読の瞳に浮かぶ憂苦が、須佐乃袁には見えていなかった。

 己が天照に見限られられたのだと、そのことだけが頭をいっぱいにした。

 月読に促されるまま、天照の治める天界を離れた須佐乃袁は、遥か空界を治める神の領域へと脚を踏み入れた。

「こんなところに、捨てていくのか……」

 須佐乃袁は力なくつぶやく。

「捨てる? 勘違いするな。いまのお前に、いかなる自由も与えられない」

 感情のこもらない月読の言葉に、絶望は恐怖へと姿を変える。

「いったい、なにを――」

「そのほうが須佐乃袁か」

 いつの間に現れたのか、見事な毛並みと風格の馬に跨がった、黄金の装身具を身にまとう美神が眼前に佇んでいた。

 刹那言葉を失い、須佐乃袁は馬を見上げる。

 長く伸びたたてがみを揺らし、ブルブルと首を振った馬の真ん丸い眼に、怯えたような表情が映った。

「貴殿が雷神インドラか」

 月読が訊ねると、美神は鼻を鳴らした。

「それは光栄というべきか、無礼というべきか。我らは武神インドラが配下、マルト神群」

 誇らしげに口端を持ち上げた美神の後ろに、まったく同じ顔をした美神がふたり現れる。

 それぞれにやはり麗しく、黄金の武具で身を固め馬に跨がっていた。

「あとは我々にまかせ、保護者は去るがいい」

「保護者じゃ――な、なにをする!」

 唖然としている須佐乃袁の首根っこを、華奢に見えた美神の腕が、軽々とつまみ上げた。

 抗議の言葉を口にする間もなく、馬は向きを変え走り出す。

「ちょ……まて、どこへ――はなせ! 月読、月読!」