「須佐乃袁、須佐乃袁はいるか」

 遥か遠くまで続いている。すべてが輝きに満ち満ちて、果てしなく広大な白い空間に、それは存在した。

 違うことなく云い表すのは難しいが、たとえるならそこは天国という場所かもしれない。
 花畑や水辺はないが、眼の覚めるような清らかな景色としか、認識できない。

 しかしそれが、この世界での常識であった。

 神々の住まう、外界とは区切られた空間。

 そこは、地上という大陸を作りあげた地界の神の聖域なのである。

「騒がしいな――なんだ、月読(つくよみ)か」

 ぼやきながら姿を見せたのは、地を司る神、須佐乃袁(すさのお)。
 肩までそろえた、たおやかな銀髪をなびかせ、まるで紫水晶をはめこんだようなつぶらな瞳が瞬く。
 その容貌は、まだほんの童子に過ぎなかった。

「月読か、ではない。またお前、仕事もせずに引きこもって、なにをしている」

 神としては成熟しているはずの、あどけない同胞を見咎めた月読は、平素涼やかな表情を崩さず云った。

 須佐乃袁と同じ、透き通るような肌に配置された、つつましやかで整った目鼻。
 洗練された艶やかな黒髪を長くたらした風雅な姿は、まさに夜を司る神にふさわしい。

「なんだっていいだろ、放っておいて。仕事ならあとでやるから」

 怠惰な須佐乃袁に向けられた金色の瞳が、鋭い眼光を放った。

「…なんだよもう。そんなに怒らなくたって、ちゃんとやるよ」

 無言の重圧に負けて、須佐乃袁はしぶしぶと、丸めていた背をのばした。
 月読はおとなしいように見えて、その実怒らせれば大陸一恐ろしい。
 三神の長、天を司る天照(あまてらす)以上の要注意神なのだ。

「天照はお前に配慮しているのだ。わかっているくせに、なぜそうまで――」

「説教はいいよ。どうせ月読も、あの人から云われたから来ただけなんだろ」

 須佐乃袁のいじけた口ぶりに月読は眉を動かした。

「なんだその云い種は。わざわざ心配して来てやったというのに、このひねくれ者」

「わざわざ? 偉そうに…そんなの頼んでない!」

 突然癇癪(かんしゃく)を起こす須佐乃袁に、月読は憐憫の情を抱いた。