黄色い線の内側までお下がりください


 誰もいない。

 何もいない。

 最寄りの駅にも、あの駅にも。

 高鳴っていた胸の鼓動はいつしかおさまり、焦燥感が胸を支配した。

 繋いでいる手すら鬱陶しくなった。

 電車がホームに入りドアが開かれ、乗客が乗り込んできたが、そこにあざみの姿を見ることはできなかった。


「でさ、今日なんて天気がいいから近くにある庭園がすごく綺麗に見えるはずだよ」

「そう...だね。楽しみだね」


 話を合わせながら動揺を隠した。


 今日はたまたまいなかったのかもしれない。もしかしたらまた違う日に行ったらいるかもしれない。


 ダメだと思えば思うほどにあざみに会いたくなる。見せてもらいたくなる。見たくなる。

 あの臭い、肉の破片を思い浮かべると唾液が溢れてくる。





 電車が通りすぎた後にはしんと静まり返った静寂のみが辺りを流れ、支配していた。

 墓地の看板もまだそこにあって、川も見ることができる。からすのかわりに鳩が数羽ホームに餌が落ちていないかを探し回っていた。


 そこにあざみの姿はない。

 紫陽花もない。

 桜や用賀の姿も、なかった。


 不気味な静けさと生暖かさだけが渦巻いていた。