黄色い線の内側までお下がりください


 朝早く起きてサンドイッチを作り、ピクニックの用意をして家を出たのは10時を少し回った時間。

 富多子は二つの意味で高鳴る鼓動を抑え、大梯とともに駅に向かう。


 しばらくするとアナウンスが入り、そのアナウンスが 富多子を一瞬にしてあの時へと引きずり戻す。



 桜が見えない力に引き寄せられるように黄色い線の外側へと歩くのがもどかしくて、背中をどんと押した、あの瞬間。


 その時の手の感覚、桜の背中の温かさ、震え、力んで固くなった体の感触は今でも自分の手のひらにしっかりと残っている。



 当たり前のように長い鉄の固まりがホームに入る。


 富多子は注意深くホームの下に目を止める。


 そこにいるべき何かを見つけるように目を凝らすが、なにもいない。なにも見つけられない。


 何も見えないことに少しショックで、半面少しほっとしている自分がいた。



「どうしたの? 大丈夫?」

 行動がおかしかったのだろうか。大梯が心配そうに富多子の顔を覗きこんだ。

「あ、ごめん。ちょっと久しぶりに電車に乗るから、つい」

「そうだったよね、1年くらい乗ってないんだっけ?」



 曖昧な返事を打ち、開いたドアから車内に乗り込んだ。