_記憶の泥沼_



「と、いうわけだからあんたには体で払って貰うよ」

「.........できないよそんな」

「だって盗ったのはあんたなんだから。そのくらいしてもらわないと。言ってること分かるよね?」

「私、盗って...ないし」

「は? 聞こえない」


 ホームの端っこの方で一方的にお前が悪いと決めつけられているのは、あざみ。


 薄笑いを浮かべて笑いながら詰め寄っているのは、桜だ。


 その横で腕を組んで歪んだ笑みをみせて楽しんでいるのは、タイラ。


 あざみは線路側に立たされている。

 風が瑞々しい花の香りを乗せながらすがすがしく通り抜ける。


 桜は高津用賀をあざみから奪うつもりだった。

 勿論、高津用賀は桜ではなくあざみの彼氏だ。

 大学でも目立つ存在の高津用賀はファンも多くいた。桜もそんなファンの一部だったわけだが、自分を差し置いて友人の一人でもあるあざみと付き合い始めたことに腹立たしさと苛立ちを募らせていた。

 少々おとなしい性格のあざみは、強く言い寄られたら答えに詰まってしまうような、そんな弱い一面を持っていた。

 人がどう思うかを考えるとなかなか強く言うことが出来ないあざみとは反対に、桜は強い。自分の意見はびしばしと言う。そこに容赦はなかった。


 自分が強く出ればあざみは簡単に引くと思っていたようだが、それは計算ミスだ。

 あざみも用賀もお互いにお互いを本気で想っていたので、そんな簡単には話は進まなかった。