首の後ろに柔らかいストールのような肌触りの良いものが、するりと触れた瞬間、桜は振り向きもせずに部屋を飛び出した。

 
1DKの部屋はベッドルームを抜ければ台所だ。


 台所の窓の少し開けているところからすり抜けて外へ逃げた猫のようには逃げられない。

 サンダルを履いて、玄関のドアに手をかける。


 回らない。


 何度試しても、回らない。


 がちゃがちゃと音を立てて押しても引いてもびくりとも動かない。


 台所の窓を見た。


 猫だったら抜けられるがやはり人間には無理だ。


 後ろから何かを引きずりながら近づいてくる音が聞こえる。


 低いうなり声と共に、ぼとぼとと肉の塊のようなものが床に落ちる音も聞こえてきた。



 声が出ない。



 玄関のドアを思い切り蹴っ飛ばした。



 開け! 開け! 開け! 開け! 開け! 




 呪文のように唱えてみるが、ドアはびくともしない。



 後ろからはずるずると重たいものを引きずる音とそれに伴って滴り落ちる液体の音も止むことなく耳に届く。

 胃の辺りがくすぐられ、腹の奥がじゅんと音を立てて内側へと引っ張られる嫌な気持ちが入り込んできた。