「...わた...し」
線路に頭から崩れ落ちてもそこに静かに咲く紫陽花に体を守られ、痛みを感じない。
レールの上に手を置いた瞬間に力強い風が顔を叩きつけるように抜け、紫陽花は散り溶けた。
波にもまれるように渦の中を回りながら落ちて行き、真っ暗闇の中をゆらゆらと船に乗っているように揺れている。
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いったい何日が過ぎ去ったんだろうか。
何事もなかったような空気に戸惑うも、自分の行動はとてつもなく遅い。
体を動かすのが苦痛で仕方がなかった。瞬きひとつ取っても遅い。
富多子は自分が死んだという感覚を全身におぼえ、その事実を受け入れるしかなかった。
なぜ死んだのが分かるのか細かく言い表すことができないが、犬と人間が違うようにそれらもまた違っている。
その場に尻をつき、肩をだらんと落とした。
風に煽られ揺れた髪の毛が静かに肩に舞い降りたとき、肩が小刻みに震えはじめた。
両手を口にあて、洩れ出る声をおさえ、肩が大きく震え出す。
「わた......し」
くくく.........
不気味に笑いながら自分の顔面を両手で抱え、目、鼻、口を確認した。肩をつかみ腕をさすり、そのまま腹をさすって足を触る。
「...ない」
どこを見回しても、自分のどこを触っても無いものがある。

