目の前には冷たい鉄の箱。
まだ遠くに見えるがやがてこのホームに入ってくる。
紫陽花に巻かれたままなので体は動かない。
顔だけはしっかりと電車の方を向いていて、首を乗せているレールから振動が伝わり脳に響いた時、何かがパチンと弾ける音が頭の中に響いた。
富多子の全身は針で刺されるような痛みが走り激しく動揺し、逃れようと体を力の限り揺さぶる。
自分とは別の意識の自分が客観的に今の状況を把握し、
過去にここで死んで行った人たちも今の自分と同じような行動を取っていたことを思い出す。
この局面にしてクスッと笑いが漏れた。
カタン...カタン...と同じリズムを刻み近づいてくる電車は止まることはない。
ホームの下にはいつの間にか無数の黒い亡霊たちが集まっていて、富多子の最期を待ちわびていた。
「富多子ちゃん」
不意に呼ばれてそこを見れば、全身が真っ青な体、顔には目も鼻も口も何もない男がいて、何かを話かてきた。
しかし、特別嫌な気持ちはしなかった。
彼女は心の奥底では死を恐れていない。最初こそ死の恐怖に震え、そこから遠ざかり逃げようとしていたが、本能では反対のことを望んでいた。
むしろこれから自分が経験する最期の局面を楽しんでいる。
その答えは今目の前にいるこの真っ青な男によってもたらされた。
耳元で囁かれた言葉に全身が粟立ち、髪の毛の根元にまで鳥肌が立った。
あともう少しで電車に潰されるという時になってももう彼女に動揺はない。
むしろそれを待ちわび、快感すら感じ始めていた。

