「あんた、またお父(とう)の刀持ち出したのかい?」

 百合がなにやら不穏そうに顔を曇らせた。

菊之助は心の臓の拍動を鎮めようとして息を止める。

だが氷のごとく冷たい汗が頬を伝う。

 日が高いうち、菊之助が何をしていたのか。

それを百合に言うわけにはいかなかった。

「だ、だって、今は亡き、父ちゃんの刀だもの。

知ってるか?持ち主のない刀は死んだも同然なんだ。

だから、俺が持ってないと」

 どんなでたらめだよ、そりゃあ。

 己の口から並べた嘘八百に、菊之助は額を押さえて呆れたくなる。

持ち主のない刀は死んだも同然、などと。

歴史上の偉人の格言を引用したような物言いだったが、勿論これは菊之助が咄嗟に口走ったことなので、そのような云われはない。

 刀の事になどさして興味もないのか、百合はざくざくと野菜を切る。

「でもねえ、ちっとは町娘らしい恰好をしたらどうなの」

 百合が言った。

「どうしてさ」

「あんたは娘だろう。それなのに男みたいに刀まで持って。

嫁のもらい手がなくなっちまうよ」

「まさか。俺が嫁入りだなんて、狐の嫁入りよりも面妖だぜ」

 それに嫁入りの心配をしなければならないのは、菊之助ではなく、娘盛りな百合のほうである。

(俺が嫁入りだなんて)

 菊之助は自嘲した。