*
煎餅屋の屋台からは、醤油が焦げた香ばしい匂いが漂ってくる。
まだほんの五つになったばかりと思われる小僧が、小さな餅を頬張っている。
ほわほわと、どこからか出汁の湯気が燻る。
江戸の立ち売りはとにかく種類が多い。
食い物屋だけでない。
植木、小間物、金魚。さらには玉薬や暦までもが販売されている。
ああ、餅うまそうだなあ、と密かに考えながら、子供侍の菊之助は餅を食む小僧の脇を通り過ぎた。
「旦那、もう一刻も経っちまったけど、未だに見つからないぜ。
……おい、旦那?」
一目すれば、段田の姿が見当たらぬ。
はて、またどこへ行ったのやら。
(旦那め。さてはどこかに寄り道してるな)
予感の矢は、見事に的を射ぬいた。
道の端にいる小柄な草花売りの前にかがみ、段田は恍惚として何かを眺めていた。
花が欲しいなら買えばよかろうに、と言ってやりたかったが、段田は不可視である。し、春芝はまだ銭の勘定ができぬらしいのだ。
二人が共にいなければ、買い物など到底無理だろう。
同志にも兄弟にも見えぬ彼らが常に一緒にいる理由の一端が、理解できる気がした。
しかし、菊之助と段田は買い物に来ているのではない。
菊之助は重い足音を立てて段田に近寄り、その襟首に指をひっかけた。
不意を突かれたのか、剣呑な面差しで何かを呟いていた段田は、その場に尻餅をつきかけた。
段田は声を尖らせる。
「なにをしている。
危ないじゃないか」
「そりゃあ、こっちが言いたいよ。
何してるんだ。
春芝を捜しに来たんだろ」
「おっ、坊主。
その花を買うのかい?」
草花売りが目を輝かせてくる。
菊之助は申し訳なく思って、
「いや、今日は銭を持ってなくて」
と頭を下げ、さっさと段田を連行していった。


