「待て。仕事はないが、まだ帰るな」

「な、なんだよう」


 自分の左腕を掴む冷たい手に気を取られつつ、菊之助は無理に強がってみせた。


「春芝がまた出て行ったきり帰ってこない。

という事だから、君に彼を捜すのを手伝ってほしい」


 また、ということは、春芝の家出は一度や二度ではないらしい。


「はあ?」


 段田の銭も出ぬ頼みに、菊之助は拍子抜けした。


「けど、春芝も悪魔なんだろ。

人にゃ視えないはずだ。

きっとそこらの町を、独りでほっつき歩いてるんだよ」


 すると段田は頭を二つ振ってそれを否定した。


「残念ながら、春芝は人に視える」

「なんだって?」

「私が人に視えないのは、実体を持たないからだ。

だが、春芝にはそれがある。

いや実体というか、器だな」

「どういう事だい」

「春芝は人の死体に憑依している、ということだ。

他人の亡骸を乗っ取って操っている。

だから人に視えるのだよ。

……おい菊之助よ。

余談だが、別に人を殺して亡骸を手に入れたわけではないぞ」


 付け足されて菊之助は、ぎりりを額に寄せた眉を元に戻した。


「だったら、いいけど」


 言いながら、刀の柄を握っていた手を離す。

鯉口と刀の鍔が硬質な音を立てる。

慣れた相手であったとしても、私利私欲に走り人を殺めるのは真に許しがたい。

段田たちが人外のものだから許せぬのではなく、人としてならぬ事だから、だ。

誰がやったって、それは立派な罪になる。