「も、もず?」

「そう、百舌のさえずる声」


 毛女郎はそして、何が満たされたのか楽しげに妖花屋の戸をくぐり、逃亡者を思わせぬ悠々とした歩調で出て行ってしまった。

 それから指折り数えて幾つか経ち。


「おい、大丈夫かい」


 一寸先で段田に手を振られ、しばし呆然と朱い面になっていた菊之助は現に連れ戻された。


「お、おう……」


 菊之助の返事はどこか素っ頓狂である。

 ははあ、と段田が芳顔を卑屈に歪め、顎に手を当てて意地悪く笑む。


「さては菊之助、毛女郎に惚れたか?」

「そんなわけあるか」


 そう、そんなわけはない。

なぜなら菊之助は女であるし、同性愛者でもないから、だ。

しかし顔を赤らめていては、毛女郎に恋情を抱いたを邪推されても仕方あるまい。


「なかなか可愛らしいじゃないか。

そんなに赤面してさ。うん?」


 段田は菊之助の頭を撫でつつ膝を曲げる。

悪徳商人さながらの、厭な笑みであった。

だが瞳だけはきょろりと円らで優しげだ。

 菊之助は眉をしかめたものの、責め文句も言わず顔を逸らした。


「当たり前だろ。

俺あ、ああいう色っぽいのは苦手なんだい。

なぜかって、俺あ、まだ」

「子供だから、か?」

「誰が子供だっ」


 きしゃあ、と菊之助が犬歯をひん剥く。


「俺あ、まだその、恋だの色だのに慣れちゃいないからよう……。

とにかく、恥ずかしくってさ」

「君も初心だねえ。

十六ともなれば、それくらいのことに慣れていても当然だろうに。

もしや、君は童貞か」

「ばっきゃろう!」


 ぶっ飛んだ怒号はやや高く、やはり変声期を迎えたどっしりとした男のものではなかった。