不意に、段田が閉ざしていた口を切った。


「ふうん。
……それで、話を戻すが」

「戻すってどこまでさ」

「その、貴女を襲撃した、黒煙の男の話だ」

「ああ、あいつね。
奴あ、おっかない男だよ」


 毛女郎の髪は未だに、件の男に仇をなさんとばかりにざわめき続けている。


「狂気たあ、まさにあれのことだね。

背筋も凍る低い笑い声。

ほとんど顔は見えなかったけど、女みたいに真っ白い肌。

鼻は高くて、あんたと同じ、くねくねとした髪型。

あと栗色の髪の毛だった。

そいつあ、わっちにこう言ったよ」



『足掻く者ほど、やりがいがある……』



 残虐な男の引き笑い。

それが現在も鮮やかに、毛女郎の耳に残っているのだろう。

髪どもは、ざわり、ざわあり、と憎悪の炎を形作る。


「気の毒だな」


 段田はしみじみと言ったが毛女郎自体が気の毒なのではなさそうだ。


おそらく段田は、妖が異国のものに狩られて減っていくのではないか、という方に危機感を感じているだけなのだろう。


「本当に、気の毒だ」

「わっちだけじゃないさ。

他の妖や、人にも、その煙の男にやられた奴はいる。

不忍池付近に住む妖どもは、もうとっくに山か上方に逃げてるだろうさ」


「正しい判断だ。

勝算もなく戦うよりも、とっとと逃げたほうが、誇りはないにしろ長生きはできる。

……侍とやらは、そうはいかないようだが」



 あれらは敵に背を向けるという行為を殊更に嫌悪している。

誇りの欠片もない破落戸もいるが、無謀ながら勇ましい者もいるのだ。

よしんばそれがとても歯が立たぬ敵であっても、知ったことか、と刀を引っさげて立ち向かう。