ぎくりとしつつも、気取られぬよう心掛ける。
菊之助は瞬時にこんな嘘をついた。
「だっ、大工の手伝いだよ。紹介してもらった仕事で……」
「大工ったって、夜遅くまで働くのかい」
「おう、そうだよ」
「そう……」
百合はかすかに眉を下げ、潤った黒い瞳に懸念の色を浮かべた。
いっぽう、静かに話を聴いていたと思われた妖は、鋭い爪で百合を指差した。
「姉さんが心配してるじゃねえかよ。
おい小僧、いい年してまだ姉さんを困らせてんのか」
菊之助は部外者の妖に言われ、下唇を剥きだして反発の意を露わにした。
うるせえやい、と顔に書く。
しかし、
「なにか言いたそうだけど、心配事でもあるのか?」
妖の一言が菊之助を動かしたようだった。
問いかけられた百合はといえば、正座していた足を崩し、戸に一瞥をくれた。
「柳橋のほうで神隠しがあったみたいよ」
「神隠し?」
菊之助は異臭を嗅ぎつけた犬のようになった。
「柳橋近くの町に住んでた古着屋の旦那が、ゆうべからいないって。
書置きもなしで」
昨夜から古着屋が消えたということは、周囲の者がそれに気付いたのはおそらく早朝だろう。
話が広まる速さは風よりも早い。
「またまた。
酒に酔って川にでも落っこちたんじゃないのかい」
妖は言う。
飲んだくれの破落戸が、泥酔して川に足を滑らせ、その後ひいひいと岸まで泳いでいったのを、菊之助は目撃したことがある。
しかし、それとこれとは別物だ。
姉妹の間にいる妖は、
「川に落ちたんだよ、たぶん。
生きてるか死んでるかは知らぬがな」
と、まるできにしていない。


