菊之助は暫時、ちろりと清かに瞳を光らせていた。

 そして、刀を鞘に納めた。


「お前さん、外から来たんだって?」


 あっけにとられている毛女郎に、菊之助はその闘志に似合わぬ温和な口調で問うた。


「いますぐ、元いた場所に帰れ。ここじゃあ、お前さんはどうやら厄介者らしいんだ」


 菊之助は大雑把に散らばった髪をかき集め、その束をそっと毛女郎に差し出してやった。

武士の情けとはよく云うものの、菊之助は詰めが甘い。


「……退治するまでが、今回の仕事だが」


 段田に口を挟まれ、きっ、と菊之助は悪魔を熾烈に睨みつけた。


(情けなどかけるな、っていうのか)


 菊之助はそう解釈した。したが、従う気などさらさらない。


「そりゃあ、できないぜ」


 菊之助は迷わず断った。


「なぜ」


 心を読めばよかろうに、段田はわざと菊之助に答えを求めた。


「無理なもんは、無理だい」


 菊之助は意思を曲げぬ。


「斬れるもんか。だって、こいつは女だ」

「女だから、退治しないのかい?」

「そうだよ。そりゃあ、根性がいかれちまった奴なら、やむを得ずに斬るけどよ。
それに俺あ、男だ。でもって侍だ。なんにもしてこねえ奴に手を上げちゃならなん」


 菊之助は本心で言ったのだが、これはまるで、ありがちな正義の味方を模倣したような台詞である。

悪魔なら、必ず唾をひっかけてやりたくなる発言だった。

 しかし悪魔の段田は、心外にも菊之助を責めない。

そして、


「それは、よかった」


 段田は、にい、と白い歯を露にし、漆黒の眼を爛々とさせた。