(強い。強いや、妖は)
相手にとって不足なし、と菊之助は満足したりはしない。
むしろ敵が強いと不都合だらけだ。
空気が口に届かない。
呼吸が出来ぬとわかり、菊之助はあえて息を止めた。
無駄にあがけばそれこそ息の消耗だ。
からん、と下駄が鳴る音がする。
段田の下駄だろうか。あの男の事だから、どうせ、
「部様にやられてやんの。子供侍め」
などと囁きに来たに決まっている。
そんな被害妄想が、侍の闘争心をあおった。
負けて------死んでたまるものか。
武神・須佐男尊は、どうやら菊之助に微笑んだらしかった。
刀の刃が外向き、つまりは髪どもと接触している。
(しめた。髪め、刀を取り上げなかったな)
菊之助は渾身の力で刀を上下に押し引きした。
髪は切れやすい。
すかさず菊之助の動きを感じ、毛女郎が操る髪どもはさらに縛りを固くする。
しかし水もたまらず、
「がああっ!」
髪の荒縄を切り裂き、菊之助が雄叫びとともに飛び出した。
段田は今にも駆けださんばかりの体勢のまま、ほお、と目を丸める。
菊之助は歯を見せて笑んだ。
どうだっ、と。
着地して、菊之助はすぐさま斬りかかった。
繰られる髪どもの突進を次々と斬り捨てる。
跳ねて菊之助は、毛女郎を覆い守護していた髪の防壁に大振りの斬撃を食らわせる。
「ああ!」
毛女郎が叫んだ。
その膨大な量の髪の下から、焦りと恐怖に生色を失った芳顔が現れた。
やはり死に対する恐れがあるのは、人も妖も同様と思しい。
刀の切っ先が毛女郎の鼻っ柱に翳される。
菊之助からは未だに剣気が湧いている。
毛女郎が尻餅をついたまま、青い唇を引き結んだ。
切羽詰まって命を諦めたのか、助けを乞うてくるつもりはなさそうだった。


