菊之助は抜刀した。
男も顔負けの力が足に込められる。
その力で床を蹴った。
明かりなどほとんどないにも関わらず、刀の刃からは白銀の線が放たれる。
刀の剣気に怯えたのか、対抗するつもりか、毛女郎とやらの髪は素早くしなった。
髪どもはそれぞれ男の二の腕ほどの太さにまとまり、首をもたげた蚯蚓の形を成す。
そしてそれらは迅速な動きで、一直線に菊之助に襲い掛かった。
「おらっ」
菊之助は右斜めに跳んで刀を左に振る。
髪は硬化の能力は無いのか、やすやすと刃を通した。
ばさりと斬られた髪が床に敷かれる。
菊之助の刀は止まらない。
何を幾ら斬っても飽き足らぬとばかりに、縦横無尽に刃が走る。
その髪が誤って壁に激突し、壁に大穴が開こうとも、菊之助の内に毛女郎への怯えは生まれなかった。
「女に刀を振るうなど、野蛮な男……」
忌々しげに毛女郎は言うが、きっと菊之助の耳の関は、今の言葉を耳に通していないだろう。
不規則にくねりながら振り下ろされる髪どもの一撃を避け、次の髪どもを迎える。
刃圏に入ったそれに反りを打ち、ざっくりと斬りあげる。
菊之助は体にまとわりつく黒髪を払わず、また長屋の中を駆けた。
斬り落とされた髪が散乱する床は油を撒いたように滑りやすい。
菊之助は草履で床を踏みしめ、刀を構える。
だがそこで、菊之助は自由を奪われた。
床に敷かれていた髪どもが菊之助の足首を絡め取ったのである。
子供侍が勢い余って前に倒れた刹那に、髪どもが目にも留まらぬ速さでその体を包み、捕縛する。
足先から額まで隙間なく髪に拘束された。
菊之助は視覚も遮られ、呼吸もままならぬ体である。
「ぐむうっ……」
言葉も言葉になっていない。
今のは、くそうっ、と悪態をついたのだ。


