毛女郎、とは、女の妖の名であろうか。

 妖が登場する怪談の本が本屋の片隅で売られていることがある。しかし菊之助は本を読まぬし、読んだとしても数頁で眠りの世界へ直行だ。

妖に関する知識など、ほんのわずかしか知らぬ。

 なのに、今日は雪でも降るのか、菊之助はいつも以上に冴えていた。


「おい旦那。妖の類って、人には視えないんじゃなかったか?」


 菊之助は寸感を述べた。

 本来人の目に視えぬはずの妖が、なぜこうして人に恐れられているのだ、と。


「そりゃあ、妖が人に視えないのは、単に彼らが姿を隠しているからだろう。その隠れた妖さえ視えてしまうのが、君のような奴さ。だが、妖がその気になれば、どんな人間にだって妖の姿を拝めるだろうよ」

「なんだい、その都合のいい特性は!」


 菊之助は言った。

 姿を現すにしたって、妖に慣れぬ人が大勢いる所で斯様な奇体を晒しては、混乱を招くに決まっている。


「そういうことだから、せいぜい頑張りたまえ、子供侍」


 段田は傍観者さながらの台詞を吐く。

 条件反射で憤慨しかけ、菊之助は感情に縄をかけた。

他人事みたいに言うな、妖を人の手でどう倒せってんだい、と怒声を発したくなるが、それを噛み殺す。


“聞いてねえぞ、妖退治の仕事だなんて”


 前例の浪人たちは、おそらくこんな文句を、段田もしくは春芝に飛ばしたに違いない。そして彼らは、妖に背いて逃走した……。

 ここで菊之助が段田に文句の一つでも投げつければ、つまりはこの悪魔どもがあざけた浪人の、二の舞を演じることになる。


(そうはいくもんか)


 侍の意地にかけて、ここで段田たちを見返してやらねば。