(あれが噂に聞く、遊女のお偉いさんだな)


 吉原の遊女にも階級というものがあり、それらの中でも一番高級で、なおかつ美しく位が高いのが太夫である。

なにも菊之助の眼前を練り歩く女だけでなく、太夫はこの遊郭に何人もいる。

 彼女らを求めて、金持ちの男が茶屋で宴をはるのだ。

 菊之助は息をするのさえ忘却しそうだった。 

 滑らかな黒髪に挿された、はばたく蝶にも似た多量の簪。

幾層に重ねられた華美な着物。半開きの瞼から視線で男どもを舐め尽す、ぎょろりとした大きな眼。底の高い漆塗りの下駄。

 遊女の美しさは刺激があるというか、凄まじい。

吉原の女はすげえぞ、と味噌屋の主人が大げさに言うていたが、まさにそうだ。菊之助さえ意識を奪われるのだった。

 しかし、はっと我に返り、菊之助は花魁道中に背を向けて、

「旦那。吉原に来て、いったい何の仕事をするんだよ」

と、裏返った声で言う。 

 いっぽう段田といえば、あれほど美しい花魁には目もくれず、遊郭の端に居る小鬼を一心に眺めていた。

まるで、半まがきで指名を待つ遊女を見つめる男客のようである。

 どうやら彼にとっては、花魁よりも妖のほうに興味をそそられるらしい。

段田は、「うむ」の、う、の字すら返さない。


「旦那ってば。あやかしにうつつ抜かしてる場合か。何をしに来たんだ」

「少しくらい眺めていたっていいじゃないか。君は菊という名のくせに、淑やかさがない」

「男に、淑やかさがあってたまるか」


 菊之助は、仕事に来たくせに花魁に見とれていた己の事など棚に上げて、段田の腕を引っ張った。しかし、段田の体はぴたりとも動ぜぬ。

 勝手極まりない段田は、独り遠くの妖を観賞している。柔軟な優男の面がそこにあった。