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 キリスト教における悪魔とは、神および人の敵であり、語源の通り悪そのものの象徴とされた。

 地獄の魔王サタンを筆頭とし、その背後に万を超す悪魔どもが伏している。

だが、悪魔の階級があって地獄という社会は成っているものの、この悪魔どもは、自由気ままであまり秩序を持たぬ。

だからこそ、蛇蝎の身に堕ちたのかもしれなかった。

まさに、潔癖な天の使いに相反するものだ。



 その悪魔の中の一体が、ダンタリオンである。


 悪魔の軍三十六団を率いる大公爵である。


“異相の大公爵”。


この別名の由来は、ダンタリオンの容姿を指したものであった。


 無数の老若男女の顔を持ち、どれが本物の素顔かも定かではない。

己の頭にあらゆる学術、錬金術、歴史、知識、さらには魔法学からその応用技術まで貯蓄している。

他の悪魔よりも破壊に長けていないのか、あまり戦歴は残されていない。

そのかわり幻術や読心術の精度は、どの悪魔よりも群を抜いている。

また、人の心を意のままに操るとの云われもあった。

いづれも、知性的な逸話ばかりであった。

 異相の大公爵たるダンタリオンだが、これは四六時中、分厚い書物を小脇に抱えている。

この特徴だけは、悪魔学にも『ゴエティア』の一説にも共通している。

 ……ダンタリオン、もとい段田の美貌は眩いばかりだったが、まっすぐに窺うと、

その裏で妖しげな怪物がうごめいているのが垣間見える、ような気がした。

正体を明かされた後だからか、菊之助の傍らにいる段田の雰囲気はいっそう妖しげだった。