「失礼だねえ。これでもジパングの人間らしい名に改めたつもりなんだぞ」

「じぱんぐ?」


 一時首をかしげる菊之助だったが、はるか西に住む南蛮人は日本の事をそう呼んでいる、との話を小耳に挟んだ覚えがあった。


「お前は、南蛮人か?」


「ふむ、違うと言えば嘘になる」


 男の発言はややこしい。


「……江戸に居て大丈夫なのかい。南蛮人なのに」


 菊之助は段田の身を案じたようだ。

 鎖国が施行された今の世、この国において南蛮人およびその国より伝えられた宗教の崇拝者は立つ瀬がない。

ついこの間も、島原にて菊之助と同い年の少年を大将に、切支丹を中心とする農民たちが原城に籠城し九十日間も戦い続けた、島原・天草一揆が起こったのだ。

そして、もともと追放の対象である南蛮人への視線はますます厳しいものとなった。

 しかし段田は禁教令など気にも留めていない。

いや、この男、外見はほぼ日本人に近いので、自白しない限り南蛮人だとばれることはないだろう。

段田は棚から湯呑を取り出し、火鉢に置かれた薬缶から湯呑に茶を注ぐ。そして人差し指を上下させた。


 すると。


 二階からひとりでに座布団が浮遊し、ぱたり、と菊之助のすぐ前に落ちた。